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第五回武術談義:武器術で得られる徒手の効果

2008.07.20 - 武術・武道
こいつもまたずいぶんご無沙汰でしたが、まあ武術談義5回目ということで。

前回は武器術と徒手空拳について触れましたが、今回はそれに関連して。さらに、深く考察したいと思います。


武器と徒手空拳の関係、よく「武器は手の延長」といわれますが伝統的な武術は武器ありき、または武器と素手は渾然一体となったものであると言いました。この武器と徒手の関係、近代になるほど希薄になっていったようです。

たとえば、近代格闘技であるキックボクシングなんかは武器術はありません。これは、立ち技最強と呼ばれるムエタイに対抗するため、日本で生まれた格闘技ですが完全にリングの上で戦うためにつくられた格闘技です。リング上では武器は使わないのが当たり前、よって武器術はなし。しかし、キックの原型となったムエタイにも武器術が存在したそうです。正確には、クラビー・クラボーンという、刀や棒、盾といった武器全般を扱う武術。クラビー・クラボーンでは刀で攻撃しつつ、蹴り技で翻弄するという形で、古式ムエタイに通じるものがあったとか。その素手の技術が近代ムエタイに変わって行きました。

現代の戦闘は剣から銃に変わり、また格闘技も素手のみとするルールが普通となりました。このご時勢、武器術を学ぶ意味はないように思われます。前回触れた柔道部の奴も、そういう意味で「剣道は実戦的じゃない」と言ったのでしょう。スポーツ化された柔道、空手、ボクシングをやっていれば人は最強になれるのか。多分、違うと思います。武器術と徒手は、たとえ徒手をメインにするとしてもやはり切っても切り離せないと考えます。

では、武器と素手を併習することで何が得られるか。一つは、「武器に対する技術を養える」ということでしょう。たとえばストリートで、暴漢に襲われたときなど。一対一の喧嘩では武器を使わない、なんて暗黙のルールがありそうですがことストリートでは相手は武器を使ってきてもおかしくないでしょう。ナイフを持っていたらどうするか。柔道は組み合った状態から(実際はそれだけじゃないけど)スタートすることを想定しています。相手が刃物を持っているのに、いきなり組めるわけありません。しかし、合気道などでは相手の刃物を取る「短刀取り」という技術があります。私が合気道を習っていた道場では、素手対素手よりも武器対素手、もしくは武器対武器に重きを置いていました。短刀、剣、杖などを持ち出されたらどう対処するか。ブルース・リーが創始したジークンドーには武器術はありませんが、やはり「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というスタンスの元で稽古を行っているようで、フィリピンのカリ(半棒術みたいなもの)やナイフ術を併習しているようです。いざとなれば、自分が武器を取ればいい。そこらに落ちている棒でも雑誌を丸めた奴でも、手提げをつかってでも何でも武器になりますし。護身、という点で言えば武器術を学ぶ意味もあるでしょう。

二つ目は、「武器によって体をつくる」ということです。もちろん、体をつくるなら筋トレをガンガンすればいいのですが東洋の武術は少し違います。筋トレをすると、確かに腕は太くなるでしょうがそれが実際に戦える体になるとは限りません。発達しすぎた筋肉は、時に動きを遅くしてしまいます。必要なときに必要な筋肉を使う、これが武術家の体でしょう。現に、昔の武術家は筋トレをしなかったそうです。その代わり、型を一日何千回と繰り返し、必要な体をつくりさらに同じ動作を体にしみこませました。

八極拳の始祖、李書文は六合大槍という重たい槍を使って稽古に励んでいたそうです。中国拳法のうち、八極拳、太極拳、心意六合拳は槍との関係が深いそうです。形意拳の“崩拳”という技は、槍をつきこむ動作をそのまま素手に置き換えた技だったりします。

武器を使うことで、素手の技術にどう生かされるか。どのように体がつくられるか。長い六合大槍などを扱うと、普通ならば重い槍に体がついてかず、槍に体が振られる形になるでしょう。重いハンマーやつるはしなどを素人が振ると、体がよろけてしまうように。それを、体の各筋肉を協調させて重心を調節することで体と武器とのバランスをとる。そうすることで、自分の体が重くする。重心が安定する。これを、武術研究家の山田英司氏は『ボディコア』と名づけています。東洋武術では、臍下丹田と説明されることが多いのですが、ともかく重い武器を自分の体と一体化させることで、体を充実させることになるわけです。

西洋医学では、体は部品、パーツとして扱います。腕を強くしたいなら腕の筋肉を鍛え、背中を強くするなら背筋を鍛える、というように。しかし東洋医学では、体を全体として捉えます。中国拳法では腕だけ、足だけではなく体全部を協調させる。長く重い槍を突きこむ動作を繰り返すことで、全身の力を槍の一点に集約させる運動。これが、全身の力を協調して打ち出す発勁(はっけい)につながるわけです。

ちなみに発勁というと、日本では「なんかすごい技」みたいに捉えられいるみたいですが(昔読んだ漫画に、触れただけで人体を破壊する、みたいな描写がありました)、発勁というのは力の打ち出し方をつたえる技術であって別に特別なことではありません。神秘的な力で人が吹っ飛んだり内臓を破壊したり、ドラゴンボール的なもんじゃあないです。しかし、全身を協調して勁(打撃)を打ち出すとものすごい力がつたわるのは確かです。

かつて合気道の始祖、植芝盛平も生涯剣の修行を欠かさなかったといいます。合気道では、力をいかにして相手に伝え、崩すかが鍵となります。ただ剣を振るうのではなく、剣術は剣先に力を伝えなければいけない。それが出来て初めて、合気道の崩しも体現できるのだとか。「それが分かってないんだよな、いまの合気道界は」と、我が師は嘆いていましたっけ(笑)

次回も武器術と素手、間合いの関係について考察します。なお、今回のこの記事は流星社から出ている『武術の構造』という本を参考にさせていただきました。興味のある方は是非、ご一読ください。
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