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夜狗外伝~月明の刃~ 前編

2008.12.18 - ブログ小説

 本作は、空想科学祭出展作品『夜狗-YAKU-』のスピンオフとなっています。本編のネタバレはありません。本編での加奈たちの敵、傭兵団“幸福な子供たち”の1人、疾人が主人公です。




それではどうぞ。

*******
 


 この仕事は君にしかできない――と飛燕が言った。
 厄介な案件、らしい。疾人はそんなに厳しい状況かと問う。飛燕は、おそらく今までで一番……そう洩らした。


 “中間街(セントラル・シティ)”の、粘膜めいた地に足を踏み入れる。有機物の、腐敗臭が満ち足りて、重金属色の水溜りに靴を濡らし、疾人はトタンの壁に背をつけた。
 
倉庫の中、黒服の男たちが、黒鉄の仰々しい得物を手にして立っている。中央のテーブルにあるのが、今回の依頼のブツ。バイオチップだ、と飛燕が言っていた。ヤクザの資金源の一つが、ストリートの孤児から切り取った幹細胞、臓器片を用いた生体素子集積体(バイオチップ・クラスタ)。ガキども攫って、錆びた刀で切開き、パックに詰めてグラムいくらの取引――理解に苦しむ、と疾人はクナイの刃に指を添わせた。
 息を潜めた。素早く息を吸い込んで、丹田に落としこむに、力が体内に宿る。血が沸き立つ、感触。両手にクナイを抜き、かかる目標を確認する。人数、立ち位置、武器など――ふと、天井を見やるとブラック・ウィドウが、指先の単分子刃を引っかけるようにして張り付いていた。あの赤いドレス、目立つからやめろといったのに。まあ、装いなどなんでもいいが。
 軽く、頷いた。合図だ。
 疾人は飛び出した。男たちが疾人の存在に気づき、ライフルの銃口を向けた。
 打剣。

 クナイが直線に飛び、男たちの手首を貫く。銃を落とした、その瞬間。腰の刀を抜き放った。

 空気を切り、音速も超える居合抜き。旋風を巻き起こし、遅れて血飛沫が舞う。また新たな銃声。疾人は身を低くして、懐に飛び込んだ。

 諸手に持ち変えて、両断に斬る。振動剣が銃身諸共断ち切る。
 ライフル弾の、等間隔の射撃。疾人の目が、螺旋に回転する先端を捉えた。刀を正眼に、鎬を返して銃弾の軌道を変えた。男たちが、呆気に取られた顔をしている、そこに飛び込んで順繰りに斬った。切っ先が頭蓋骨を割り、髄液に浸った中身を巻き散らす様が網膜に写るに、疾人は冷めた思いで見つめていた。

 中央の男が立ち上がって、国産の拳銃を構える。疾人は刀を、八相に構える。銃声と共に飛び込んで、横薙ぎに振るった。頚骨を断ち、寸断された首が落ちる。一拍おいて、黒い血液が噴き出る。人工血球が疾人の顔を、叩いた。

 首を失い、血の池に沈んだ。ヤクザもナノバイオ医療受ける時代か、と言って刀を納めた。刃に血はついていない。振動が血を、払ってくれる。刀身は決して汚れない。

「ええ? もう終り?」
 背後から、ウィドウが不満そうに言うのへ
「あとは、こいつを持ち帰るだけだ」

 疾人は、男が持っていたアルミのケースを差し出した。

「なによー、まだ全然、アソび足りないわよ」

 とウィドウがむくれた、その背後には紫色に皮膚を変色させた骸が折り重なっている。先天的に、体内に毒を宿すウィドウにしてみれば確かに物足りないのだろう。

「仕事は終りだ、帰るぞ」

「えー、つまんないつまんない、つーまーんーなーいー。もっと切りたーい」

「知らん」

 こいつはいつもこんな調子だ、緊張感の欠片も無い。首を振って、疾人は刀を納めた。
「そんなに切りたいなら、その辺の野良犬でも相手にしていればいいだろう」

「つれなーい、疾人」

 ウィドウは不満そうに刃を引っ込める。と、左肩に痛みを感じた。9ミリの弾頭が肉にめり込んでいる。指を突っ込んで、銃弾を抉るように摘出した。繊維が糸を引き、血が滴る。血は、赤い色をしていた。自分の中に在るのは人工物ではない、自然に備わった血。ただ、その血も、肉も、一つの胚から造られた人工物。生まれ持った体に人工物を流し込むのと、最初から終わりまで造られたこの体と、どちらがより人間らしいといえるのか。      
 あるいはどちらも――

 疾人の端末が震える。ディスプレイには、“李飛燕”とあった。
《仕事はどう? 疾人》

 電話に出ると、飛燕の声が聞こえるに、疾人は
「厄介だ」

《そう? すぐに片付くかと思ったけど》

「片付いたさ、ただウィドウがごねている。うるさくて敵わん」

《ああ》

 と飛燕が笑い

《あの子はいつも、獲物を探しているからね》

「毒蜘蛛の遺伝子なんか導入するから」

 言うと、電話口で飛燕が笑った。笑い事じゃあない、とぼやいた。

「ブツは手に入れた。今から帰還する」

 そう言って電話を切る。丁度足元で、疾人が今しがた斬った死体をウィドウが弄っていた。帰るぞ、と声をかける。気を鎮めるために、目を閉じて息を吸い込んだ。強張った筋肉が、ほぐれてゆく。と、ウィドウが

「あ、ようやく」

 出し抜けに言う。何がと問うと、ウィドウが

「ようやく、目閉じたねえ。あんた、全然瞬きしないもんだから」

「瞬き? ああ」

 と疾人は言って

「確かに、斬り合いの時は瞬きしないな。剣ってのはそもそも、相手から目を離さないものだから。僅かな瞬きも、命とりになりかねない」

「そう? でもあんた、すごいね。長時間瞬きしないで、目ぇ乾かない?」

「眼球は瞬膜で保護されるように出来ているからな」

「瞬膜って、サメみたいな」

「そうだ」

「ふーん……」

 言ってウィドウは、刺青の彫られた疾人の顔を、物珍しそうにじろじろと見た。舐めまわすような視線に、そろそろ抗議の声を上げようとしたとき

「そうなんだねえ。でもあんた、ずーっと目、開きっぱなしで気持ち悪いよ。それでいて涼しい顔してんだから。あたしなら感涙の涙にむせび泣くね、ドライアイで」

 ケタケタと笑うのに、疾人はどうということもない、というように言った。

「俺には、涙腺がないからな。よく、分からん」
 
 

 かなり手ごわいよ、と飛燕は紅色の目を細めた。鋭角めいた顎、細い首にかかる銀髪を鬱陶しそうに払いのけて言う。人を食ったような笑みはなく、真剣な表情だった。

「ターゲットは」

「おそらく、今までで最もやりづらい相手だろうね」

 そう言って、写真を差し出した。アナログな、プリントされた写真。それを見るに、疾人の心の内が、ざわめいた。

「確かに、な」

 飛燕が言うのに、疾人が写真を眺めながら、言った。

「厄介だ、かなり」

 

 伊豆からさほど離れていない旧市街地、ここに落ち着いたのはひと月前だった。ヤクザたちの抗争が激化するところに、“幸福な子供達”は拠点を置いていた。疾人やウィドウのようなサムライは、ヤクザたちにとっては体よく使い捨てることのできる筋肉、国中を歩き回ってヤクザたちと日当いくらという契約を交わす。大掛かりな仕事もあるが、大抵はヤクザ同士の潰しあいに駆り出される。暗殺や強奪、抗争の鉄砲玉や、下らない縄張り争いのために剣を振るう――疾人たちは、そうやって生きている。

 12年前、飛燕によって生み出されてからずっと。

 構造物の間からわずかに覗く空は、違法営業店の看板に遮られて日の光も届かない。良くある光景だ、“中間街(セントラル・シティ)”には。李飛燕に従って、この国の隅々まで歩いてきたから、見慣れている。ありふれた“蟻塚”と溶けかけた砂糖菓子の廃墟、ゲル化溶液が土に混ざり合い、垂れ流された排水が腐食した壁を伝う。
 ここで生きることができるのも、今から会う人がいたからだ。

 

 “蟻塚”の群を抜けると、トタン張りの小さな家がある。孤児ばかりを集めた、個人経営の擁護院だ。“中間街(セントラル・シティ)”界隈で、ヤクザたちの手を逃れるための、唯一救いとなり得る施設。疾人が近づくに、中から気勢に満ちた声が響いてくる。やってるな、と疾人は少し顔を綻ばせた。懐かしい、気合と汗の染み付いた道場。この地に戻ってきたのだと、実感する。
 道場に入ると、手前で木刀を振るっていた、道着姿の男の子が目に映る。疾人が軽く手を振って
「君の先生は、どこに」
そう訊くと、男の子が道場の奥に向かって呼びかけた。5歳くらいの女の子に竹刀の振り方を教えていた女性が振り返った。艶めいた髪が揺れて、白い道着に映える。心臓が一つ、高鳴った。

「ここに戻ったからには、一度ご挨拶をしなければと思いまして」

 頭を垂れて、疾人は言った。

「お久しぶりです、師匠」

 女性は――疾人が師と呼んだその女は、柔らかく微笑んだ。

「よく、来たわね。疾人」

  道場は養護院の裏手に位置している。ストリートチルドレンを受け入れ、成人するまでここで基礎知識と職業訓練を施すために創設された。路上での護身術を学ぶべく、ここでは子供達に武術も教えている。

 その道場主であり、養護院の創設者でもあるのがこの女性。(マオ・)美麗(メイリー)、移民2世。この地で毛自身が習得した剣を広め、子供達の世話もしている。

「2年ぶりかしらね、前はそんな刺青していなかった」

 と毛美麗は飲茶を注ぐのに、疾人は己の顔を撫でた。トライバル系の刺青は、ここを出てすぐ、『新宿闘争』の時に入れたのだった。何か言われるのかと思ったが、それ以上は追求されなかった。

 20人の子供を収容する、養護院の食堂は相変わらず狭かった。古びた木製のテーブルと土の壁、あの時のままだ。

「けど、全然変わっていない。安心した」

 毛は微笑んで、飲茶を差し出した。クローン培養ではない、天然の茶葉の香り。淹れられた茶に口をつけ、口中に広がる甘みを噛みしめた。

「先生も、お変わり無く」

「まあね。この所、ヤクザの抗争が激しいけど何とかやっているよ。なんとかね」

「そう、ですか」

 よかった、と疾人はこぼした。

 疾人は2年前までここにいた。武術を習うべく、飛燕の計らいで毛の道場に通うようになったのだ。強化された肉体を持つ疾人の特性を生かすべく、毛美麗の剣を学ばせるために。

 師弟の関係は、2年前の『新宿闘争』まで続いた。疾人がサムライとして戦うまで、疾人はこの道場で竹刀の音を聞いて育ったのだ。 

「子供達の数も、大分増えたわ。ストリートにいる、全ての子供をというわけにはいかないけど」

「そうみたいですね、随分いたんで驚きましたよ」

「お陰で養うのが大変だよ、上の子達の助けでなんとかやっている」

 この養護院では、15を過ぎると養護院の経費を稼ぐために工場に出稼ぎに出る。腕の立つ者は、用心棒稼業にも身を投じる。疾人自身も、道場にいたころは警備の仕事などをしていた。サムライになったのは、その延長なのかもしれない。

「それにしても、良く戻ってきたわね。あの時、急に飛び出していったから」

 毛美麗の言葉に、疾人は湯呑みを置いて

「心配していた」

「まさか」

「本当だよ。自分の子の、心配をしない親がいて?」

 毛美麗は頬杖をついて、疾人の顔を覗き込んでくる。顔を背けながら疾人は

「子供なんて」

「わたしにとっては、子供みたいなものさ。皆ね」

 と毛が言って

「疾人。あなたは今、何をしているの?」

 そう問うのに、一瞬、言うべきか迷った。自分はサムライで、この人が――毛美麗が嫌っていた、汚れ仕事をしていると。俺は、あなたの子供たる資格などない。俺はあなたがもっとも忌避していた、人を殺す、力を振るう側に立っている、と。だが、言えない。言える筈もない。

「訳ありか。言いたく無いことも、世の中にはあるものだ」

 そう言って毛は湯呑みに口をつけた。一息ついて、

「疾人、道場に戻ってくる気は無い?」

 唐突に毛が言うのに、ややあって疾人が顔を上げた。

「あなたがその気なら、ここの道場をあなたに譲ってもいい」

「どうして、そんな」

「どうして? さあ、なぜかしらね」

 そういった、その横顔に濃い陰が差すのを見た。ふと、毛美麗という女が歩んできた年月が、疲労の色と共に浮かび上がる。俯き加減に、節ばった指先をすり合わせる師の姿が、急に小さく見えた。

 ああそうか、と理解する。この人はずっと1人で――疾人の視線に気づいたのか、毛は、ぱっと顔を上げた。

「ああ、悪いね。変な話になって。今の、忘れて? ね?」

 慌しく急須を片付け始める。疾人は立ち上がり、

「俺が……」

 と言いかけたとき。

 道場の方が、急に騒がしくなった。子供達の悲鳴に混じって、男の怒号が響く。何事かと疾人は立ち上がる。毛はうんざりといった様子で言った。

「またあいつらか」

「また、って。何です?」

「ん……まあ、何というかね」

 毛美麗は肩をすくませて

「“中間街(セントラル・シティ)”に生きる以上、厄介ごとはついてまわるものよ」

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