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夜狗外伝~月明の刃~ 後編

2008.12.18 - ブログ小説

 最終話です。

 なんか、色々迷走してしまって申し訳ないです。

*******


「どうしても、行くかい。疾人」

 その日、“蟻塚”に戻った疾人に向かって、飛燕が言った。覚悟は決めている、と疾人が言うが

「辞退してもいいんだよ? やっぱり、やりにくいだろうし」

「金が要るんだろう、飛燕」

 と言って、疾人は刀を手に取った。振動剣の黒塗りの柄に、赤い勾玉が揺れた。

「それに、俺にしかできない」

「そうだろうけど」

 ふと、刺青を撫でた。全然変わっていない、と師の言葉を、思い出す。

 変わらずにいられるわけがない、俺はもう、あんたの弟子じゃあない。


 夜、2人は道場の外にいた。
 月明かりが差してくる。煌々として満ち足りて――2人分の影を作った。

「いい月ね」

 と毛が歩きながら言うのに、疾人は黙って付き従う。「話がある」と言って、連れ出したはいいがどう切り出すか、タイミングを計りかねていた。

「そういえば昔、こういうことを聞いたことがある」

 毛が突然切り出すのに、疾人は何かと問う。ふと、毛が振り返った。笑いかけて

「15日目の満ちた月には、希望がない、ってね」

「それは、どういう」

「ほら、満ちたあとは欠ける一方だろう。一度満月になれば、あとは下り坂。人間も同じだね、一度上り詰めれば、転がり落ちれば早い」
 毛はそう言うと、今度は小さく、独り言のようなことを呟いた。唇がわずかに動くのを見るが、何を言ったのかはわからない。 

「この辺がいいかな」

 と師が足を止める。崩れた橋梁の下、人通りはない。ここなら、理想的だと毛が言う。ここで、やろうか――その意味を、疾人は正しく理解した。

「いつから……」

 疾人が言うのに、毛はやんわりと微笑んだ。

「“中間街(セントラル・シティ)”に長くいればね、聞かなくてもいいことまで耳に飛び込んで来る。刺青の忍者、赤い勾玉……気づかないわけ、ない」
 沈黙が流れた。恐ろしく長い、沈黙。疾人はまともに、毛の顔を見ることが出来ず、ただ己の手元を見つめていた。

 心臓が蠢いて、筋肉が強張る感じがした。 

「依頼人は、あのヤクザたちかしら?」

「誰が依頼したのか、分からない。ただこれは仕事(ビズ)だ。だから」

 言うと、疾人が刀を抜いた。黒い拵えから放たれた銀の刃が、月明かりに映える。振動が掌に震える、高周波が宵闇に溶ける。疾人は正眼に構えた。

「ゆっくり老後も過ごせないか」

 毛はため息をついて、背中から小太刀を抜いた。

「俺にとって、あなたは目標でしたよ」

 と疾人が言い、

「憧れだった、あそこにいるガキ共全ての。だから……」

「これから斬り合うというのに、随分饒舌だな」

 と毛が言った。凍りつくような、抑え気味の口調で。

「黙らないと、死ぬよ」

 喉が勝手に上下した。改めて対峙してみると、その重圧に気圧されそうになる。決して長いとはいえない、小太刀の切っ先から迸る、殺気。肌を刺す。眼光鋭く、動けば斬るという無言の警告が、粒子の層となって毛の体から滲み出て、疾人自身を包みこむようだ。

 獣を前にしたような、戦慄。

 じりじりと詰め寄る。切っ先がそれだけ、近くなる。恐怖を、感じる。内臓を締め付け、血の流れが滞りそうになる。息が、詰まる。

 汗が伝った。

 頭上には、満月。月光が突き刺さる。

 その月が、暗雲に隠れた。

 同時に動き出した。気を充実させて、真っ向打ち込む。風を切る、音。毛が下がるのに、さらに追う。力を溜めて、諸手突きを打った。

 切っ先の先、毛の姿が消えた。

 右斜めに気配、首筋が粟立つ。本能的に顔を逸らすと、刹那の遅れを以って小太刀が空を切った。頚動脈の上、皮一枚が斬られる。疾人が距離を取るも、毛が距離を詰めてきた。間合いを、切れない。

 横薙ぎに斬った。胴を狙う、それよりも早く毛の手が伸びる。懐へ侵入を許し、手首を押さえられる。斬撃が、封じられる。毛が突き刺してくるのを、左手で小太刀の柄を取った。

 密着した状態で鬩ぎあう。と、毛が足払いを繰り出した。膝から下が消失したような心地を覚える。疾人が仰向けに倒れこむのに、眼前に切っ先が迫った。

 咄嗟に手首を取る。右の眼球を貫く寸前で止まる、刃。毛が、のしかかるように小太刀を突き刺してくる。疾人は毛を蹴り飛ばし、かろうじて起き上がった。毛が体勢を立て直して、再び構える。

 歩を、詰めた。毛は中段に、疾人は霞に構えた。

 本気だ、と感じる。本気で、殺しに来ていた。穏やかだった師の眼は、猛禽の鋭さを増している。確実に刃を急所に切り込んで、一手一手が非情な重みを伴う。

 全身の筋肉が脈打っていた。息が、切れる。それに対して、毛の呼吸は乱れていない。汗一つ、かいていない。

 やはりこの人は桁違いだ、と思った。20年以上、あの道場を守り続けてきたという、その重み。ひしひしと、感じる。それに引き換え、疾人には何もない。守るものも、背負うものもない。全くの素裸。

 息を、吸い込んだ。

 同時に、毛が一つ飛びで間合いを詰めてくる。疾人のすぐ目の前に、刃が迫っていた。

 完全に、虚をつかれた。疾人は狼狽し、斬撃を避けるのに精一杯だった。吸気の瞬間、人は居着く。その居着いた瞬間を、狙ってのことだった。

 袈裟に斬る、小太刀。疾人は咄嗟に防いだ。刃が切羽に当たる。間合いを切らんと飛び退き、前蹴りを打つ。毛が体を折るのに、打ち込んだ。

 疾人が打ち下ろすのに合わせて、毛は一旦下段に下ろし、ためを作って上に跳ね上げる。小太刀の、表鎬を使って疾人の刃をすり上げた。

 鉄が、火を噴く。剣が、右に流された。

 踏み込み、斬剣。毛の小太刀が、疾人の額を切り裂いた。肉を切り、遅れて血が噴出す。また、切りこんでくるのを、飛び上がって避ける。そのまま間合いを切った。

 毛は落ち着いて、小太刀を中段に構えた。血塗れた刃を掲げ、その血は疾人のもの。

 傷口に手をあてがう。傷は、思いのほか浅い。だが、神経結合を強化された体には思いのほか堪える、痛み。無駄なところで敏感に造りやがって、と創造主たる飛燕を一瞬恨んだ。

 毛が間合いを詰めてくる。次こそ、確実にやられる。直感的に、そう感じた。 
 ならば――刀を、握り締めた。肩に担ぐように、刀を立てる。

 八相。防御を捨てた、攻撃の構え。

 疾人には他には何も無い。あの道場で、帰りを待つ者たちがいる、毛とは違う。名もない、財産もない。名声、誇り、生まれた意義すら――最初から。

 何も無いなら、命すら。

 ひょう、と風が吹く。砂塵が舞う。左足を、踏み込んだ。

「勢っ!」

 一気に、飛び込んだ。身を捨てて、命をも曝け出して、一心不乱に、飛び込んだ。

 八相発破。何もかもを捨て去った、無心に切り込んだ。毛もまた飛び込んだ。

 切り結ぶ。
 
 振り下ろされた剣は、小太刀諸共、毛美麗を切り裂いた。左の鎖骨から右の脇腹にかけて、刃閃く。

 赤い血が噴き出て、疾人の顔を叩く。毛は膝をつき、うつぶせに倒れた。

 疾人は刀を納めた。

「あなたが現役だったら、または武器が違ったら。今頃俺は」

 疾人が言うのに、毛は弱々しく微笑んだ。血の池の中で。

「良い太刀筋だ。八相発破、身を捨て、体を捨て、ひたすらに袈裟に斬る。教えた通り、出来ているじゃないか」

 疾人はしゃがみこんだ。疾人が切り込んだ、その切っ先は肩からわき腹にかけ、斜めに切り込んでいた。血が、滔々と溢れ出す。

「昔、あなたが言っていた」

 そう切れ切れに、言葉を継ぐ。

「武の心。力を振るうのではなく、それを諌めるための盾となれ――と」

 だが、疾人は力を行使する方に回った。毛美麗が己の身を削って守り続けてきたものを、奪う者達の側に。

 そんな俺が、教えなど。

「俺は、あなたの教え通りには、生きることができない」

「そうするしか、そうでなければ生きられなかったあなたを、誰が咎められる? 命なんて、消費されるしかない。その“中間街(セントラル・シティ)”であなたがとった選択は、あなた自身を生かすためのものでしょう」

 毛美麗は手を伸ばした。彼女の右手が、疾人の顔をそっと、撫ぜる。半面に施した刺青に触れた。指先は、冷たかった。

「自分自身に、消えない刻印を施してまで。罪を背負い、己の顔に刻み付けて……苦労したのでしょうね」

 毛の言葉に、疾人は拳を握り、唇を噛む。
 最後まで、敵わない。自分は見透かされていた、何もかも。おそらくこうなることも、最初から分かっていたのだろう。分かっていて、この人は。

 毛の手が、落ちる。疾人がその手を取った。指先から力が抜けていくのを、感じた。

「刀、刀を捨てるなよ、疾人」

 それが最後だった。毛美麗が瞼を閉じるのに、疾人が手を伸ばした。

「許してください、師匠」

 髪を撫で、疾人は言った。

「あなたのために、泣くこともできない俺を」

 涙を流すことが、出来ないから。 この喪失感を埋める術を、知らない。
 乾いた目で天を仰ぐと、頭上には月があった。

 

 翌日、重機を駆ってヤクザたちが、道場の解体作業を行っていた。やはり依頼人はあの男だったか、と疾人は指示を出すヤマネを見て思った。

「ここの女は、どんなサムライも返り討ちにしちまうから、手に余ってたんだ。それにしてもあんたとは」

 ヤマネが言うに、疾人は睨みつけるような視線で

「仕事だから、それだけだ」

 ヤマネは少なからず、疾人の視線にたじろいだようだったが「まあいい」といって、視線を移した。疾人もつられて、その方向を見る。
 道場が崩れ落ちるのを、子供たちが呆然と眺めていた。彼らにとってはあそこは家だったのだ。毛を失った悲しみからも抜け切れずにいるだろうに、一体どんな思いだろうか。そんなことを考えていると、ヤマネは下っ端のチンピラを呼びつけて言った。

「おう、ガキども連れってけ」

 若い男は短く応じて、子供たちを追いたてた。男が、女の子の――道場の片隅で、毛美麗に剣の手ほどきを受けていた女の子だ――手を引くに、疾人はヤマネに詰め寄った。

「あの子たちを、どうするつもりだ」

「住む家もなくなってんだから、どうしようと勝手だろう。まあ、ああいうのは需要があるんだ、今は。細胞はナノマシンの部品に、DNAはデザイナーズに導入し、女は――体まるごとでも売れ筋はいい。その趣味の連中にはな」

 さっさと行け、と声をかける。淡々と処理を進める。

 この男は、ヤクザという人種は……

 疾人は鯉口を切った。ヤマネがぎょっとしてたじろぐのに詰めよって、

「子供たちに手を出したら、斬る」

 低く唸るように、言う。子供たちが、不安そうに見ている。
 周りのヤクザたちが、一斉に銃を向けた。そんなもの、毛の剣に比べれば脅しにもならない。子供たちは――奴らにとって、ただの商品でもあの子たちは人間だ。毛美麗が守り抜いた、命を。切り売りされて、弄ばれて、そんなことはさせない。こんな下衆な奴らに、好き勝手させるものか。刀の柄に手をかける。まさに斬りかからん、とするそのとき

「そこまでだ」

 飛燕が間に割って入った。

「どけよ、飛燕。いくらあんたでも……」

「子供たちは、施設に預けてもらうことになった」

 そう言うのへ、ヤマネは顔色を変えて言った。

「お前、何勝手なことをしている。サムライ風情が、あまりでかい顔してっと」

「おや、あなたほどではないですよ。その二重顎ほど」

 飛燕は指先で髪を弄んで、粘着質な感じに笑みを浮かべて見せた。唇の端を歪めて、相変わらず小憎たらしい笑い方だ、と関係無いことを思う。ヤマネは顔を紅潮させて怒鳴った。

「貴様ら、ふざけていると金は払わんぞ」

「請けた仕事は“暗殺”です、その報酬はちゃんと頂きます。それでも、と仰るならば」

 飛燕が目配せする。疾人は素早く、袖下からクナイを抜き、打剣した。右手前の男の、コルト拳銃に突き刺さる。男は銃を落とした。

「彼が相手をしても良いのですよ。毛美麗を葬った、その剣を御身に受けたければ」

 疾人が迫る。男たちが気色ばむ。引き金を撃とうと身構える。が

 ヤマネが手を上げると、男たちが銃を下ろした。ヤクザというものは損得勘定の生き物だ。相手の力量を計るのも、“中間街(セントラル)”で生きていく知恵だ。疾人相手には、例え銃を持ってしても敵わないと、瞬時に悟ったようだった。

「いいだろう、そのガキどもは好きにしろ……」

 低い声で言った、その顔が汗濡れている。明らかに怖れをなしている。金は後で、口座に振り込むと言い残し、ヤマネは去っていった。女の子を引っ張っていた男が、名残惜しそうに手を離すのを見る。

「信頼できるところに預けるよ。あそこにいれば安全だから」

 飛燕が言うと、ようやく疾人は構えを解いた。女の子が涙を溜めて俯いていた。年長の少年が、その子をなだめていた。あの子たちはそれでも、自分の力で生きていくだろう。毛美麗の子供たちが、そうならないはずがない。“中間街(セントラル)”と化したこの国の片隅で。

 もし、こんな形じゃなくてもっと――別な形でこの世に生を受けていたら。疾人自身も、あの子らと共に在ったのだろうか。それとも……いややめておこう。考えるだ無駄だ。そう、言い聞かせる。
 崩れ落ちる古巣を眺めた。

「僕を恨むかい、疾人」

 飛燕が訊くのに、黙って首を横に振った。そもそもこの男、李飛燕がいなければ疾人は生まれていない。生まれなければ、毛美麗と出会うこともなかった。この手で殺すことも、なかったのだろうけど。

「疾人、例の計画だけど。目処がたったよ」

 飛燕が言う。そうか、と答える。

「次の戦場は仙台、そして首都。ついてきて、くれるか?」

 無論そのつもりだ。

 あんたが理想を追うならば、この国を変えるために動くなら。
 飛燕を妨げる者達から守るため、盾にならずともせめて矛になろう。毛美麗のようにはいかないが、俺にも守るものはある、と。頷く疾人に、飛燕は笑顔で返す。

「頼んだよ」

「ああ」

 短く言って、黒塗りの刀身を担ぐ。柄頭に、赤い勾玉が揺れる。
 

 進む道、志は違えども。
 

 道場に背を向けた。これより、修羅の道へと足を踏み入れる。
 

 壊すため、全てを変革させるため。二度と、振り返らないと。

 

 夜狗外伝~月明の刃~   完

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Comment

結局 - 早村友裕

移動中に携帯から読んでしまいました…

夜狗を読んでいたときの雰囲気が蘇ってくるようでした。ハヤトくんかっこいいなぁー。毛さん素敵です。女性で合気使いとかカッコよすぎるっ。いやあ、強い女性は素敵ですねぇ(>_<)
この短い中で感じられる世界と文体に酔いそうです。
そして、初めて戦闘シーンが自分の絵柄で浮かぶと言う不思議な感覚を味わいました(^^; うーん、欲を言えばもっと別の絵でしゃべってほしい…orz

ほんとはもっと色々書きたいのですが、携帯の字数制限があるのででこの辺りで失礼します(>_<)

コラボも楽しみです!
ではでは、失礼します!
2008.12.20 Sat 23:51 [ Edit ]

コメント返そう、あの空に - 俊衛門

なんのことだか

>早村さん
どうもどうも、お読みいただきありがとうございます。いやー、あのすばらしいイラストにマッチしたかどうかが心配でw 毛美麗は太極拳の遣い手にしようとしたのですが、疾人思いっきり日本刀使っていますし。まあ、中国人でも合気やっているひといるよね、ということでああなりました。合気道というより、剣の体系を含んだ柔術って感じでしょうかね。

イラストありがとうございました。コラボ小説……まあ、形だけは出来てますがね。形だけ。ただ、これを世に出したりしていいのかと思うと心配で心配で夜も眠れな(ry
2008.12.21 Sun 01:16 URL [ Edit ]
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